いまごろ吉野はすっかり葉桜だろう 西行庵のあたり奥千本は散り初めか 
昨年の初夏に日帰りで訪れたときは 何処もかもひっそりしていた 如意輪寺までの山径は緑蔭と木下闇 足下で滝の音がして 野苺が一粒づつお地蔵さまに供えてあった 新樹には不如帰 鶯は老練なアリアを奏でる 
午後から若葉の雨が降り出した 樹の下で一匹の麗しい猫に遭遇 恰も選ばれた猫であることをすでに自覚したような 運命を受け入れたような不思議な気品 エジプトの猫の女神みたいな存在感 あれは深吉野という場が映し出す幻だったのだろうか
   
 大瑠璃の逆光へこゑ移しをり  吟遊詩人